京都大学から金戒光明院へ

何十年振りかに京都大学に来た。
といっても京都大学卒業生でも受験した訳でもないが。
大学紛争たけなわの時、時計台に、紅衛兵のスローガンだった
「造反有理」  造反するほうにも理由がある
という垂れ幕が掲げられたのを見に来た野次馬だった。

あれから約45年、時計台はレストランになっていた
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レストラン 「ラ・トゥール」 は日曜日も営業、ランチ時は盛況
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天下の京大の時計塔は大正14年に竣工、90年の歴史を見てきた。

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京都大学から東へ行くと、吉田山がある
吉田山は豊かな緑をたたえた、京都市内に浮かぶ緑の船のようだ。

吉田神社は平安時代、藤原氏の氏神だった奈良の春日大社を京都へ
勧請し、平安京の鎮守の神様として創建されたんが始まりで、
藤原氏の隆盛とともに栄えたが、室町時代、応仁の乱以降は荒廃
していた。 それを再興したのは、吉田兼倶
吉田家は、占いのひとつの亀卜をつかさどる家柄のひとで
代々すぐれた学者の出た一族で、知的エリート集団だった。
吉田神道の説明書を読んだことがあるが、非常に難解である。
とにかく、吉田山には、宇宙の根源であるという大元尊神を
お祭りしている。


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吉田山を越えると、金戒光明院が見える
幕末、京都守護職として合津藩の松平容保公が本陣を置いたことで
明治維新、新撰組など、歴史ファン必見の場所と思うが、以外に参拝客は多くなく
ゆったりと散策できた。
建物は、昭和初期に火災にあって再建されたもので、当時のものではない。

合津藩の藩士が埋葬されているという墓地まで結構急な階段を
登っていったが、階段を上りつつ振り向くと、京都市内の見晴らしがすばらしい、

ここは寺院ではあるが、地形は要塞のようにになっていて京都市中を一望でき
会津藩が京都守護職を置いた理由がよく理解できた。
百聞は一見にしかず
上りきったところに国宝の三重塔がある。

金戒光明院から西のほうへ下ると、平安神宮へはすぐである。

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by minamihorie | 2014-05-06 21:10 | 散散歩京都 | Comments(0)  

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