上海雑技団

7月26日
7月16日は上海雑技を鑑賞した。前から5列目で、280人民円。
前回は7年程前に娘を連れて上海に来たときに見たが、できたばかりの
リッツカールトンの中だった。今回は、雲峰劇場という、専用劇場である。
7年前の上海は、高層ビルも建設中であり、浦東には、テレビ塔がポツンと
立っていた。人民広場も本当に広場で、人々が凧を揚げていた。今は、
博物館前で偽ロレックスを売っている。
ボーリングがブームで、明るい色の服を着た若い女性がプレイしていたのが
印象的だったのを覚えている。
7年で、これほど変わった街は、戦争の破壊による変化を除けば、上海が
一番ではないか。街が変わるということは、住む人々の価値観が変化した
ということだろう。
上海雑技も、終了後演技者が出口付近で見送るというサービス精神を
発揮していた。


上海は昔から魔都と呼ばれ、人をひきつける力が強い。 中国の都市は
城壁で町全体が囲まれた閉ざされた空間で、人の往来を拒んできた。
しかし、上海は比較的新しい街であったので、城壁の規模も小さく、人々を
分け隔てる意識の壁も低かったのであろうか。



[PR]

# by minamihorie | 2005-07-26 22:28 | 学習中文 | Comments(1)  

贋ブランドショップ

7月25日
中国は贋物天国だそうだ。
今読んでいる本、上海で働くには、「なにもしないより、パクリでも
成功したもの勝ち」とある。含蓄深い言葉である。
シャツを買おうと、知人に買い物を手伝ってくれる人の紹介を頼んだのだが。
さて、どこからともなく現れた、大阪のおばちゃん風、上海のおばちゃんの
歩くスピードの早いこと。暑さの中でついて行くのにハーハーヒーヒー。
なんだか露地に入っていく。おおよその見当で花園ホテルの近くのようである・
この辺で縫製工場をもっているのかな、などと呑気なことを考えていると、
一軒のドアーをあけて、さーどうぞ。 中に入って一同ビーックリ どこかで見た
ロゴ入りのカバンや、腕時計が、ぎっしり。なんと、日本人は、こいつが好きだろう
と思われたのか、贋物ショップだった、
これはやばいとお断わりして、衣類の店ですと、念を押すと、わかったと
再び雑踏の中へ、
今度は、フリーマーケットのようなところである。
店のオーナーを知っているといって、店番の高校生ぐらいの男の子を
押しのけて、勝手に値段をつけてどうだという。
男の子はこまって、抗議するが、おばさん知らん顔
よく見ると品物も汚れていたり、ナイキとか、アデイダスのあるところが怪しい
女性軍はしっかり値切っているが、わたしは、値切る元気もなく
かって帰ったナイキのシャツは、裏側がシミだらけでしたとさ
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-25 20:57 | 学習中文 | Comments(1)  

揚子江を見に行く 続き

7月24日
揚子江まで、船に揺られやってきた。
黄浦江の濁った茶色の水と、ややそれより薄い茶色の水とが
帯になっているのが見える。 今回の船より大型の船だともう少し沖の
ほうまで出て、さらに海の水と、3重になっている様子が見えるそうである。
それにしても、ここまでくるのに川の両側は造船所と、火力発電所
中国海事という政府事務所と、フリーゲート艦が数隻以外は、遠くに
マンションらしい建物が見えるだけである。 宝山製鉄所を探したが
確認できなかった。  これだけ船を作れば鉄も足らなくなるはずである。
ダルマ船から、コンテナ船まで、さまざまな大きさの船が並ぶ。

船の中では、お馴染み印鑑彫りの露天があった。
彫る兄さんは、耳と、しゃべるほうも障害のある人で、筆談で
値段交渉となる。1本彫るのに20分というから、空港の5分で彫ります
よりも、大分丁寧なのだろう。私たちで合計で、4本注文した。
船がもとの桟橋に到着するころ、乗組員が、兄さんに何本売れたか
身振りで聞いているようで、兄さんが片手を広げたら、肩をたたいて
「よかったな」と合図していた。
下船時、桟橋の降り場の通路で、立ったままぶっ掛け飯を食っている
おっさんがいる。  なんでこんなところでメシ食ってるんだろう。わからん

連れの人がシャツを買いたいというので、友人の紹介する人の待つ
花園ホテル近くまでタクシーで移動したが、その後がまた大変


d0038545_21245971.jpg


上海の書店で見つけた児童向け中国英雄伝  なぜか表紙はアニメ
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-24 09:52 | 学習中文 | Comments(0)  

揚子江を見に行く

7月23日
ちょうど1週間前は、午前中上海博物館を見学し、午後からは
上海在住の知人の経営する会社の社員の肖さんという若い女性に
ガイドしてもらって、黄浦江を揚子江まで往復した。
肖さんと一緒に外灘に新しくできた灘外楼というレストランで昼食を摂る。
このレストランは、古いビルを改装したレトロモダンな5階にあり
1階がアルマーニとかの高級ブテイックが入っている。
かなりのスペースを持っている上に従業員も何十人かいるようで、
これだけの店を切り盛りしていくのだから経営者はどのような人間かと、
ついつい考えてしまう。
窓の外には、浦東の景色がひろがり、景色と、料金が比例しているよい例である。
5人で食事して、1人約3,500円は、わたしたちから見て、食べたメニューの内容
からはそんなに高くはないとは思うが、なにせ、タクシー初乗り140円の上海では、
極めて高額である。
このようなレストランが出現していることは、上海の発展を分かり易く象徴している。

食事が終わってから、すぐ前の船着場から、揚子江を見に観光船に乗る。
1等は、1人120元、2等は70元で、1等はすでに白人系に占領され、
私たちは2等船室へ。1等は、船の2階で、藤製のひじかけ椅子とギンギンに
効いたエアコンだ。
船は黄浦江ー揚子江まで往復約3時間かけて進んでいく。
両側は延々と造船所が並んでいて度肝をぬかれた。
いやーまいったまいった、さすがは、経済成長率9パーセントである。

続く
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-23 16:36 | 学習中文 | Comments(0)  

上海のレストラン

7月22日
先週7月15日、全日空で関空ー上海へ
気のせいか昨年10月に南京まで1人旅した時よりずっと入国審査で
並んでいる人が少ない。ホテルも白人系が多い。反日の影響だろう。
空港に迎えに来たハローツアーの車も私たちのグループ4人だけであった。
ホテルは、便利さを考えて、ソフィテルにした。日本語は通じないが
なんといっても、南京東路のどまんなかにあるのがいい。
別にホテルに泊まりに行くわけではないので、4星なら十分である。
予定より早く夜7時半には、ホテルに到着。
機内食を食べたので、遅い夜食を食べるついでに外灘へ夜景を見に行く。

どこから出てくるのか、金曜日の夜だからだろう、花火大会でもあるのかと
間違うほどの人出である。
外灘は、益々キンキラキンになっている。
どうして中国人はこのキンキラ、真っ赤が好きなのだろう
ゴージャスでなければ、中国人は相手にしないのだろうか。
などと、悪態をつきながら、人並みに揉まれて歩く。

和平飯店の付近は年末の阪神百貨店みたいだ。
中国語学習仲間の方がさっそく物売りにつかまる。
名前がわからないが、ライチの大きなような果物を買った。

酸欠状態でハーハーいいながら、タクシーを捕まえ、ホテルへ戻る
ホテル近くの新盛飯店という、客が結構入っている店に落ち着いたのは
10時近くだった。
中国の食堂は、メニューがやたら多いうえに、ひねったネーミングを
付けているので、辞書で引いただけでは内容がわからない。
4人よれば、何とかなるもので、ようよう注文したら、これが結構いける
概して上海の料理はおいしい。
コンビニで、水とビール、ジュースを買い、1日目は終わった。
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-22 21:45 | 学習中文 | Comments(0)  

中国語検定3級合格しました

7月19日
7月15日ー18日の間上海へ、中国語を一緒に勉強している3人の方と
上海蘇州を旅行してきました。
帰ったら、中国語3級検定合格通知が届いていました。
リスニングは80点、筆記77点でした
受験者数3708人は、そう多くないですね。
30,000人くらい受けているのかと思いましたが、意外と少ない。
次は準2級
上海旅行は、びっくり、おどろき、あっけ の連発でした
詳しくは、後日
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-19 20:11 | 学習中文 | Comments(3)  

スーダン(という国といえるかどうか)地域紛争

7月10日
昨日NHK報道でスーダンでのジェノサイトの問題を報じていた
スーダン政府、アラブ系民兵、アフリカ黒人系民兵などの間で
殲滅戦が行われている。  原因、背景、いろいろの説明があるだろうが
今も何百、何千の人たちが、殺され、家畜を奪われ、井戸を埋められ
殺されなくても栄養失調で死んでいる。
スーダンに石油が出たことが、問題の解決を複雑にしているようである。
中国が、石油の採掘権を持ち、国連による介入を結果として妨げているとも
報じていた。
私たちは、テレビで見るだけで、せいぜい、ユニセフなどの寄付をする
程度のことしかできないのだろうか。たとえば自衛隊が非武装地帯を作り、
とりあえずけんかの当事者を引き離すという
選択肢は、ないのかな。
アメリカが関心を示さない地域には、日本独自の判断で
必要な対策を打てる能力を持つことが、国連常任理事国になるより大事だと思う。
夢物語であろうが。
さて、夢といえば、100年前の日本を見た幸せな英国人の著書を読んだ
英国人写真家の見た明治日本 である ポンティング,ハーバート・G.著
彼は、100年前の京都に遊び、七宝焼の並川氏と交流し、阿蘇、浅間と、活火山に登り、
富士をながめ、登り。などなど
極楽体験したひとである。  百年前の日本、行ってみたいですね。
ただし、日露戦争の時代ということを忘れてはならない。
彼自身、従軍写真家として、戦地へ赴いている。
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-10 12:28 | Comments(0)  

蘇州の文化人

7月4日
蘇州は、古来より米、塩の集散地として、揚州、杭州、南京などとともに
商業の発展した町であった
塩の商人といえば、三国志の英雄、関羽も、塩の闇商人であったから、
後世、商売繁盛の神様に昇格したようである。
その、蘇州に花咲いた、知識人たちの、民間主体の文化を題材にした著作が
明末のはぐれ知識人  である。ライフログ参照してください
上海は今、連日36度前後の気温らしい。
蘇州は、運河の町だが、暑いかな ☆☆☆☆
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-04 21:13 | 学習中文 | Comments(0)  

ああ長崎の鐘は鳴る

7月2日
本島等 元長崎市長の著作を何冊か読んだ
このかたは、長崎市長であり続けたかったのだなと強く感じる
16年間長崎市政に絶大な力をふるっていたのだから、多選批判何するものぞという気持ちも強かったのであろう。
長崎という言葉は悪いが、日本のどん詰まりの地方で、カトリックの影響が強く、被爆都市という条件は、独特の反権力の気概を作り出した。
しかしながら、現在の長崎は、はっきりいって、発展している都市とは思えない
三菱重工や、佐世保重工、などのかつての軍需産業が、今も県製造業の大きな割合を占めている。ほかの産業といえば漁業と、観光業である、被爆した、大浦天主堂の地域がいわゆる観光地化されていて、広島とは、趣が違う。
いやな事件も多い。女子小学生が、同級生を殺すという衝撃的な事件や、中学生が、幼児を駐車場の屋上から突き落としたり、最近も平戸市での兄妹間の傷害事件など、目立つ事件が多いように感じる。 神戸の少年Aの事件や、同様の事件は全国で多発しているのだろうけれど、被爆都市として、先駆けて命の大事さを訴えてほしい地域で残酷な事件が多発していることに、違和感を覚えるのである。
いったい、長崎では、本島時代にどういう政治が行われ、何が成功し、何が間違っていたのか詳しい人がいたら教えてほしい。  なにかというと、本島氏を美化して、反権力、反戦平和の人、天皇の責任を口にした勇気ある人という見方が多いが、政治家として実績はどうだったのか、そこが知りたい。
[PR]

# by minamihorie | 2005-07-02 21:59 | Comments(0)  

中国語検定3級受けてきました

6月26日
関西大学へ中国語検定を受けに行きました
同時にTOEICや、ドイツ語検定、色彩検定の受験会場にもなっていました。
関大は、家から近いので助かります。
学生らしい若い女性が多かったけれど、頭の白い男性も見受けました
まったくできないことはなかったけれど、合格かどうかは微妙
並び替えは10問中9問できた
問題は日本語中国語訳、椅子の単語が出て来なかった
不出来了
次回に期待
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-26 19:52 | 学習中文 | Comments(0)