上海へ

6月25日
7月15日から3泊4日で上海へでかけることになりました。
中国語の教室のかたがた3人と出かけます。
1日は、蘇州の水郷と、庭園めぐりを予定しています。
蘇州は、6年前に一度行きましたが、虎丘と、寒山寺と、もう一箇所
中国式庭園を見た記憶あるものの、どこであったか覚えていない。
おそらく、外国人が京都に来て、天竜寺と、南禅寺と、大覚寺を
観光したものの、みな同じに見えるのと一緒だろう。
蘇州までは火車で50分だが、現地へ行って座席指定切符を買うのが、
結構大変そうなので、上海在住の友人に頼んで買ってもらうことにしました。
ホテルは、南京東路のソフィテル予定。
反日デモ以来、新聞の旅行広告にも中国ツアーの宣伝が目立って少なかったが
最近やや、復活の兆しあり。
はたして、無事に行って帰ってこれるでしょうか。
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-25 16:21 | 学習中文 | Comments(1)  

中国人の反中

6月18日
図書館で、頼んでいた本が到着
「中国人民に告ぐ」
タイトルからしてすごい
著者は朝鮮人系中国人の金文学さん
中国人は本を読まない(読めない)と嘆いておられる
識字能力のない人2億人  ほんまかいな。
文化大革命は、文化否定大革命だ
博物館では、金にならないので、一部をナイトクラブにして
稼いでいたら、火事になって、世界最大の隕石が、燃え尽きた
などなど、すさまじい内部告発。
少し以前の本ですが、本音まるだしの中国人がまた好きになった。
我々は、このような図書で対中ストレスを発散するしかないのだろうか。
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-18 23:23 | 学習中文 | Comments(0)  

中国語検定3級

6月17日
来週の日曜日は中国語検定3級の試験を受けに関西大学へ出かけます。
このところ、あまり、試験準備していないので、多分受験料無駄になるかも。
特に、発音問題が苦手だ。
知らない単語はどうしようもない。
読めないんだから。
3級過去問買ってきたが、長文読解のほうが、カンで出来たりして。
中国語訳もきびしいところです。
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-17 20:46 | 学習中文 | Comments(0)  

昭和天皇語録

6月13日
昭和天皇語録 の中に近衛首相の逸話が出てくる。
「近衛は少し面倒になるとまた逃げ出すようなことがあっては困るね。
真に私と苦楽を共にしてくれなくては困る」  昭和15年9月15日
近衛首相(細川元首相の祖父)は、対中和平工作の行き詰まりや、日独防共協定の強化案をめぐる閣内の分裂などで内閣を投げ出している。
因果は巡るというが、孫の細川護煕元首相も、発足時の見てくれのよさを裏切り、自らの金銭スキャンダルが発覚するや、逃げるように内閣を放り出してしまう。
政治改革を旗印に初の非自民内閣ということで国民の期待を集めたが、かえって、政治不信を増進してしまったのは、歴史の皮肉というものであろうか。
津本陽氏の小説渋沢栄一 の中にも、オランダで、近衛公と一時宿を同じくしていた渋沢栄一が、近衛公は、信用できないと言う一説がある。
人間どんなにえらそうに見えても信用がなければ、どうしようもない。他人はよく見ている。
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-13 21:34 | Comments(0)  

反日は共産党の正当性の主張

6月7日

中国関連の本を連続3冊読んだ。
1冊は、明末のはぐれ知識人 大木康著 講談社選書
明末は、白話小説という、庶民文学が、たくさん現れた時期にあたります。
出版技術の発展や本を集める人たちの出現という、出版業という職種が成立した時代である。
科挙の試験の第一関門、童試には合格したが、進士(競争率約100倍という)には、何度挑戦しても合格できない。そんなはぐれ、有閑階級が特に水運の利に恵まれ、商業が発達した蘇州や、揚州に生まれた。
三国志演義、水滸伝などの中国代表小説が、大筋完成したのは、この時期だ。
この本の著者も、はぐれ知識人の一人と見受けるが。裏表紙の写真が、いかにも東大卒の人らしいお顔なのには、失礼ながら笑えた。

次の、反日で生き延びる中国 鳥居 民 著 は、一読をお勧めします。
いわゆる、検証と、反証と、事実求是の基本がすばらしく、よくある、中国脅威論や
感情的な記述を徹底して排除した作者の姿勢を尊敬します。
副題が江沢民の戦争となっているが。
江沢民の仕掛けた反日教育は、毛沢東の内戦である文化大革命、鄧小平の対ベトナム戦争とおなじ、外に5パーセントの敵を作る中国の伝統的国内統治方法であると、著者は述べている。
すなわち、民族の誇りを守っているのは、中国共産党であるとの認識を国民に持たせ、共産党が独裁統治している正当性を反日に求める政策を江は、毛、鄧をみならって、採用したのである。

三冊目の 日本はもう中国に謝罪しなくていい 馬立誠 著
中日新思考を代表する馬さんは、元人民日報高級評論委員という肩書きを持っていた。 日本に対しては、厳しいことを言っているが、結局中日が、並立して、東アジアの安定に貢献することが、中国にとっても得策だということをいいたいのである。 日本の一部財界人の主張と混同しそうだが、馬さんは、経済協力だけでなく、北朝鮮問題をどうするかというこを忘れていない。当然である。  一見しごく当然の主張がなぜ、中国で売国奴扱いされるのか。
共産党内の主導権争いの熾烈さからか、日本の対中、見ざるいわざる聞かざるの三猿政策が、相互理解といいながら何もしてこなかった結果なのか。 中日の溝は深く険しい。 
[PR]

# by minamihorie | 2005-06-07 21:39 | 学習中文 | Comments(0)  

昭和天皇の記憶

5月28日
ブログの初心者で、右も左もまだよくわからない。
TBてどうするの 我跟誰商量好呢

中国語を習っていて、中国にちょっと興味があって、それだけの中国好き底辺人間である。
最初に中国(中華人民共和国)に旅行したのは、1982年(昭和57年)であった。
まだ、皆さん人民服を着ておられた時代である。文化大革命が終結してから5-6年後であった。
中華民国(台湾)へは、1977年(昭和52年)今思えば蒋介石総統死去直後であった。
そんなおっさんの「米従軍記者の見た昭和天皇」という昭和天皇に関する図書を読んだ感想のちょっとしたコメントに、鋭く反応した人がいたので本当にびっくりした。
このところ、続けて、昭和天皇関連の本を読んでいた。
一冊は、昭和天皇「謝罪詔勅草稿」の発見 加藤恭子著 文芸春秋 2003年12月刊
この本は元宮内庁長官の田島道治氏の次男さんが保管しておられた道治氏の遺した書類の中から偶然発見された、昭和天皇の謝罪原稿(と推定される)書類に関する考察である。
余談になるが、道治氏の長男、故田島譲治氏は、元学習院大学名誉教授で、私の配偶者の恩師である。
朕、即位以来茲ニ二十有餘年、夙夜祖宗ト萬姓トニソムカンコトヲ恐レ、自ラ之レ勉メタレドモ、勢い趨ク所能ク支フルナク、先ニ善隣ノ誼ヲ失い延テ事ヲ列強ト構ヘ遂ニ悲痛ナル敗戦ニ終リ、惨禍今日ノ甚シキニ至ル。と続く詔勅文は、しかし国民の耳には届かなかった。この前後に昭和天皇は退位を考えておられたのではないか。 と加藤氏は推測しておられるが、真相を知る人はみな鬼籍に入っておられる。

もう1冊は、陛下の御質問 岩見隆夫著 毎日新聞社 1992年6月刊
この中で印象に残る部分は、鄧小平氏との会見の模様である。
昭和天皇は、鄧小平の顔をみるなり、「わが国はお国に対して、数々の不都合なことをして、迷惑をかけ、心から遺憾に思います。ひとえに私の責任です。こうしたことは再びあってはならないが、過去のことは過去のこととして、これからの親交を続けていきましょう」
と謝罪の気持ちを込めて語りかけたという。瞬間、鄧は立ち尽くしていた。一部始終をみていた入江相政侍従長は、「鄧小平さんはとたんに電気にかけられたようになって、言葉が出なかった。」と後に何人かに話している。
この2冊のあとに、さきの本である。従軍記者が などは、豊中市立図書館になく、大阪府立図書館から回ってきたくらいで、おそらくマイナーな図書だろう。
さらに、今手元にある 昭和天皇語録 黒田勝弘編 講談社学術文庫 1974年初版を文庫に改定 も府立図書館組である。
このように、現在の日本人にとって、どんどん遠ざかっていく昭和天皇と、戦前という時代を今から批判しようとする人たちがたくさんいる。 (ミンダナオ島の日本兵には今まだ戦中だと思いますが)
昭和天皇を批判したいのではなく、自分たちの反日主張を貫きたいために、昭和天皇を利用しているのであるが。
天皇制は、日本人の合理性とバランス感覚が生み出した絶妙な装置である。
明治維新が成立し、日本が列強の植民地にならずに済んだのは、薩摩藩や、土佐藩の力ではなく、天皇制という、封建体制に代わる代替装置があったからである。日本人はその時代において、武力と天皇制をうまく使い分けて社会体制を維持してきた。それが、いいか悪いかは私の頭ではわからない。今に生きる人が現代の価値観、教育、歴史観で、過去を批判するのはまことに愚かなことである。今合理的と思える価値観が100年後も続いていると断言できるのだろうか。100年後は男女平等でなくなっているかもしれない。
論理的とか合理的という単語は、現在においてという枕詞が付くはずである。
愛子さまも、将来、ハーバードを卒業して、世界平和のために働く方になられるかもしれない。世の中常に裏表あり、中国人は太古から、陰陽思想というものでそれを知っていた。
とりとめのないオチになりましたが、
[PR]

# by minamihorie | 2005-05-28 20:57 | Comments(1)  

米従軍記者が見た昭和天皇

5月26日
Paul Manning 著 青木洋一訳 近現代史研究会監訳 マルジュ社を読んだ。著者は、アメリカ人従軍記者で、第二次世界大戦中、ヨーロッパ戦線から太平洋戦線までを報道記者として従軍。日本への空爆を取材するときは、B29爆撃機の機首砲手を務めたことがある。
昭和20年9月、戦艦ミズリー艦上で日本の降伏調印式を報道。
日本占領期、マッカーサー元帥の知己を得ていた著者は日本中を旅行し、戦後日本人の国民感情を取材。ヨーロッパ戦線では、フランスのドイツへの降伏から、エルベ川での連合国側の勝利までを取材、ドイツの降伏調印式をラジオで放送した。
本書は、満州事変あたりから、大東亜戦争終戦までの推移を、伊藤正徳氏の太平洋戦史風に描いた縦軸と、いわゆる昭和天皇の戦争責任を横軸に展開されている。
日本の外交上、戦略上の失敗は、さして、新しい視点に立っていると思えないが、昭和天皇が、スイスの銀行に送金していたとか、巨額の銀行株式を保有していたなどの指摘は、わたしとしても検証のしようがないので、ああそうかと思うばかりである。
戦後の昭和天皇しか知らないので、あの見るからに学者タイプの雰囲気は覚えているが
好戦的であったとか、暴虐、強欲、強い征服欲、支配欲の人といわれても、ピンとこないところがある。
昭和天皇に戦争責任があるのは、明らかだと思うが、民主党の管さんのように、没後17年たってから、責任云々を問うことにも違和感を感じる。
[PR]

# by minamihorie | 2005-05-25 21:11 | Comments(1)  

京都を歩く

5月11日
最近京都を歩く機会が増えた。
京都の5月は、歩くのに最適な季節です。
京都は車で巡る街ではありません 先ず駐車場に車を入れるまでに一苦労、また、駐車料金も高い。  タダで、駐車できる寺院もあります。有名寺院では竜安寺、三十三間堂、などで、神社はタダのところが多いです。 北野天満、平野神社などはタダ。上賀茂大社は、ワンコインパーキングになっています。 京都国立博物館の駐車場は、タダです。
タダの駐車場の話をしたかったのではありません。
京都を歩く話です。私が好きなのは、
京阪出町柳駅ー下賀茂神社から、北山通り経由ー大田神社(今頃菖蒲の花がきれい)ー上賀茂神社ー高麗美術館ー南に下って、大徳寺(高桐院や芳春院)ー鞍馬口駅
地下鉄東西線東山駅ー平安神宮ー南禅寺ー都ホテルでコーヒーブレイクー粟田神社(旅行の神様)-知恩院ー円山公園ー四条河原町
JR二条駅ー神泉苑(空海の降雨の祈祷で名高い)-大極殿跡ー大将軍八神社(入り口がやや分かりにくい)-北野天満宮ー千本釈迦堂ー千本閻魔堂ーくぎ抜き地蔵ー堀川今出川の清明神社ー地下鉄今出川   などはどうでしょうか。
[PR]

# by minamihorie | 2005-05-11 21:28 | 散散歩京都 | Comments(0)  

エジプト人の親日

5月7日
今日、エジプト人のお嬢さん5人とアラブ首長国連邦人のお嬢さん計6人、我が家の友人方を交え、14人でパーテイーを開いた。その中に在日歴6年という、完璧な日本語をしゃべり、漫才だい好きと言うエジプト人がいて、彼女の話したことがとても印象に残った。
私が、日本に興味を持ったきっかけは何かと質問したところ、高校の世界史で、日本のことを学び、それがきっかけだという。日本は第二次大戦で敗戦国となり、原爆を投下され、焼け野原になったのに、その後の国民の努力で、再び世界で一目おかれる存在となった。
エジプト人もやればできるという目標になったというのである。
エジプトでは、外国人という表現が2つあるのだという、1つは日本人を指す<日本人>という単語。もうひとつはその他の外国人(英国人やフランス人など)を指す<外国人>という単語だそうだ。
私はその言葉を聴いて、感激したが、複雑な感激だった。日本の経済成長は、朝鮮戦争や、ベトナム戦争など近場で起こった戦争の特需と、アメリカが、対共産圏政策の中に日本を防波堤として完全に取り込んだことによる、対米依存型経済の結果であり、日本人の努力もあったが、他国の犠牲によることも多かったからだ。しかし、それを説明しても彼女の親日は、変わらないだろう。
私たちは、エジプトという、日本人が、ピラミッドと砂漠しか思い浮かばない国でかような日本びいきの人たちがいることをもっと知るべきである。 日本からのODAに感謝して、日本橋とか、日本病院という名前の社会資本を整備しているらしい。
日本の援助をかくす、どこかの国とは大違いである。
d0038545_193641100.jpg
エジプト人の好きなハト料理と、羊のロースト
[PR]

# by minamihorie | 2005-05-07 22:57 | Comments(0)  

おっさん是谁

河内のおっさんの略歴
52年大阪府堺市生まれ 辰年 B型 ふたご座
先祖は大阪府八尾市出身

中国語暦 六年半个月
中国語検定 2級に平成22年3月の試験で合格

现在喜欢的事  山歩き 街歩き エアロビクス 学中文
     趣味といえるほど深く入り込んだ領域なし。

为什么对中国有感兴趣
     因为知道中国的事就是知道日本的情况。

その他の検定   英検2級  漢字検定2級  宅地建物取引主任 

好きな音楽
姜建华 高橋真理子 童謡 など

その他特徴 話し下手、音痴、

工作   经营一家买卖铁的商店


1982年 おっさんの中国歴史に対する関心の原点盧溝橋(マルコポーロブリッジ)
d0038545_12342262.jpg

同じく 1982年 天安門広場
d0038545_12395681.jpg

おっさんの中国食文化への関心の原点、北京ダックの店 全聚德
d0038545_12463857.jpg

文化大革命を生き延びた店
[PR]

# by minamihorie | 2005-05-06 22:36 | おっさんの自己紹介です | Comments(2)