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京都へ晦日そばを食べに行く

大晦日の朝8時に家を出て、忙しい奥さんに相手にされないおっさんは一人で、
京都へ晦日そばを食べに行きました。 JR京都駅を降りて
むかうは、尾張屋さん、今年もおわりや (寒い駄洒落)

京都駅から歩いて北へ向かいます。
東洞之院通りには、古いおうちが多く、また染色、着物のデザイン
などの京都らしい、会社がたくさんあります。
最初、 「文子天満」 (あやこてんまん) にお参りしました。
こちら、菅原道真様ゆかりの、学問の神様です。東本願寺が近くです。
次に、「平等寺」 にもお参り、このお寺は、日本3大薬師尊がおまつりされています
おっさんも、このお寺は始めてお参りしました。
約1時間歩いて、尾張屋さんへ、10時40分でしたが、もう人の出入りが
多いですね。持ち帰りの人たちです。
食事は11時からといわれ、しばし待機。
入り口右手の座敷に案内され、天ざるを注文

おとなりに座られたご夫婦と、雑談交わしていると、近くに
金属の神様を祭った神社があると聞きました。御金神社という名前で
「みかね」 と呼ぶそうです 「おかね」 ではありませんとのこと。
おっさんは商売が鉄関係なので、これも何かのお引き合わせと
天ざる食べ終って、すぐに、西洞之院に向かい、御金神社におまいりして
来年の会社の商売繁盛と、社内安全をお祈りして帰りました

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名物宝来そば
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店構え
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薬局 古いおうちだが、モダン
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簾屋さん
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中京郵便局
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これも古いおうちを利用したスイーツのお店

来年も元気でふらふらほっつき歩き回れますように
中国語が上達しますように
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by minamihorie | 2005-12-31 18:41 | 散散歩京都 | Comments(3)  

2005年を振り返る 読書編

2005年は、約50冊の本を読みました。
週一のペースでした。
ちょうど今日読み終わった、阿片王 満州の夜と霧  佐野眞一 著
400ページ以上の読み応えのある本でした、佐野さんは取材にあしかけ10年
かかったと、書いています。

佐野さんが、阿片王 といわれた、 「里見甫」 を題材にした文章を書こうと
思い立ったきっかけは、「なぜ、日本は第二次大戦後後の奇跡の復興を
成し遂げることができたのか」 という疑問からだそうです。

佐野さんは昭和22年生まれの団塊の世代です
おっさんは5歳年下ですが、終戦後、戦争の雰囲気を感じていたのは
おっさんの世代くらいまででしょう。 おっさんの進学した慶応大学の
日吉キャンパスの、同好会の部室は、米軍払い下げと思われる
カマボコ型の、今ならバラックのような施設でした。

戦後の日本人は、所有するお金の量で、その人の人物を量るようになりました
お金のない人は、レベルの低い人、お金を儲ける人は、能力のある人
といった価値観に完全に染まっています。
モラルとか、人格などは無視しても金があればという結果、、ふりこめ詐欺、
手抜き工事、役人の闇給与、視察と騙った海外旅行など、あたりまえの世の中に
なってしまいました。 

戦前もそのような人間は大勢いたのでしょうが
佐野さんは、戦前から金儲けにあらゆる人脈や機会を利用し、
戦後も、フィクサーといわれた笹川良一や、児玉誉士夫などという
人たちと違い、恬淡として、隠居者となった里見甫に興味を持ったのです。

その人となりを追いかけるうちに、佐野さんは里見氏をとりまく人たち、
男装の謎の女、梅村淳、甘粕正彦や阿片をめぐる、関東軍の幹部たち、
満鉄の幹部、731部隊などなど
あまりにも異形で、常識はずれの日本人たちの姿に出会います。
そして、満州というわずか13年で消滅した国家に、戦後の近代日本国の
原型を見出したといっています。

おっさんも、満州国で、近代的な社会インフラという概念を理解した人たちが
戦後の日本の復興に果たした役割は大変大きかったと思います
その筆頭が、もはや戦後ではない と言った、安倍晋三の祖父の岸信介です。
満州国は、傀儡政権といわれ日本の悪の面だけを強調されますが、
日本侵略史観だけで、語ることはできないと思いますね。

皆様にもお勧めする本です
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by minamihorie | 2005-12-30 22:41 | 学習中文 | Comments(1)  

2005年を振り返る 会社編

2005年はおっさんにとって、強く記憶に残る年になるでしょう。
いい内容ではなくです。
2月から、会社の社員さんのことで、いろいろありました。

だいたい、零細企業といえど、何人かの社員さんの生活がおっさんに
かかっているのですから。
おっさんの規模(社員4人)くらいの会社は、親子兄弟、親戚縁者で、
仕事しておられるところが圧倒的です。
正社員さん雇って、厚生年金、健康保険、雇用保険
夏冬のボーナス、退職金の積み立て、通勤手当、払って、しかも病気などで
休まれると、おっさんがその分走り回らねばなりません。
社員さんだと、彼らの権利を尊重しなければなりません。

家族、兄弟の場合は、残業手当も不要だし、休日だろうが夜中だろうが
働かねばならないときは、働きます。
でも、いいことと、悪いことは裏表ですからね。 もしかするとおっさんのように
身内が81歳の月に1-2回2時間ほど顔をだすだけの、会長ひとりだから、
やっていけてるのかもしれません。
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by minamihorie | 2005-12-30 21:55 | その他 | Comments(0)  

小学生の作文を読む

冬夜 その2
街上已没有往日的那般热闹,招牌上的霓虹灯
也停止了它那一闪一烁的光芒
来往的行人,也顾不得看街上的夜景。
各个人缩着头 呼!呼!地赶路,只希望能赶紧回家
去吃一顿热腾腾的晚餐

在冬天的夜晚, 常有一阵阵 "烧肉粽!烧肉粽!的小贩儿叫买声
划破了寂静的冬夜。
由于同情心的驱使,再加上肉粽香味的引诱,我不得不掏腰包买一个。

于是,当黎明破晓之时,寒冷的黑夜便慢慢地离去了:
等到这一天将结束时,才慢吞吞地又来了。
就这样,真到春天的来临。


町の中にはもう以前のような賑わいはありません
看板のネオンサイン それもそのきらきらとした光り輝きを
止めてしまっている。
道を行き来する人も、町の中の夜景を見ることまで気が回らない。
それぞれ、首を縮めて,息をフーフー吐いて、道を急ぐ、
望むことは、大急ぎで家に帰って、あつあつの夕飯を
食べに行くことだけです。

冬の夜、いつもひとしきり、焼肉のちまき、焼肉のちまきという
行商人の売り声があり、それが夜の静けさを破ります。
同情心に駆られて、その上、ちまきの香りに釣られて、私は、財布を出して
いくつか買わざるを得ません。

そして、夜がほのぼのと明けるとき、寒い夜がゆっくりと去っていく
一日が終わろうとするとき、次の日が、ゆっくりとやってくる。
このようにして、春(春節のことか??)がまもなくやってきます。

烧肉粽  どのような食べ物でしょうか、雅虎で検索したら、福建省あたりの
名物料理のようですが、写真入りのが見つかりません。

等到这一天将结束时,才慢吞吞地又来了 訳するのが難しい
本当に小学生の作文ですかね。??
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by minamihorie | 2005-12-28 23:12 | 学習中文 | Comments(0)  

小学生の作文を読む

冬夜 その1
北风呼呼地吹着
细雨蒙蒙地下着
天空一片寂静, 黑夜笼罩着大地
看不出那儿有星,何处是月
凄凉地晚风吹落了最后的一片树叶
在这个寒冷的冬夜
小动物们无精打采的躲藏在洞穴里
池塘里的青蛙,树洞里的小蛇,也都蜷曲着身体
预备过这一段漫长的冬夜

北風がヒューヒュー吹いている
細かな雨がしとしと降っている
空は一面静まり返っている、夜が黒く大地の上にかぶさっている
星さえ見ることができない
月はどこにあるのだろう。
物寂しい夜風が最後の一枚の木の葉を吹き飛ばした。
こんな寒々とした冬の夜に
小さな動物たちは精彩をなくして、洞穴の中に身を隠している
池の中の蛙、木の洞穴の中の蛇、それらも、体を丸めて、
これからとても長い冬の夜の準備を済ませている。
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by minamihorie | 2005-12-26 21:25 | 学習中文 | Comments(2)  

昨天的照相

今天也慢的要命。
年终时候总是忙。
还没写贺年片,可喜欢写这个日记
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餅つき道具、この蒸篭は、大正時代のもの
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うれしそうですね
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by minamihorie | 2005-12-24 19:45 | その他 | Comments(2)  

餅つきAND忘年会

朝6時起きで、車で15分くらいの距離の親戚の家へ
今日は餅つきの日なのです。
親戚、知り合いの人が集まり、指図したり、指図されたり
わいわい、がやがや、全部で15臼つきました。
焼肉やいて、おでん食べて、ししゃも、ぶりカマ、焼きおにぎり
蟹の剥き身、かんぱちの刺身、食べすぎやろ。

1時に終わって、いったん家に帰るり、少し昼寝して
夕方4時に、山の会の忘年会に出かけました。
場所は、鶴橋の焼肉屋です。
ビールで乾杯し、ワインと、白鹿の大吟醸、真露、
タン、ハラミ、バラと、最後はクッパに冷麺で、今日
一日終わりました。
お疲れままでした。
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by minamihorie | 2005-12-23 21:03 | その他 | Comments(1)  

満州の阿片王

佐野眞一氏著、「阿片王」 満州の夜と霧 を読んでいる
図書館で予約していたが、思ったより早く番が回ってきた。
年末なので3週間借りることができるのがうれしい。

おっさんの父親は、いわゆる関東軍配下で、終戦を奉天(瀋陽)でむかえた。
ソビエト連邦は日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、満州に攻め込んできた。
そのときわが国は、トルーマンに原爆を投下され、ノックダウン寸前であった。
火事場泥棒とは、よく言ったものである。
以後60年、一言の反省の言葉も、謝罪の言葉もなく、国後、択捉などの
領土も占領されたままである。
父親は、シベリアで、石炭掘削という強制労働にこき使われ、もう少しで
シベリアの土になるところ、かろうじて、引き揚げ船で舞鶴に戻ることができた。
だから、うちでは、ソビエト崩壊のとき喝采をあげたのである。
おっさんは、そういう経緯で、満州国に関する本は、読むようにしている。
といっても、知れたものであるが。

阿片王は、里見氏という、満州国で、阿片の取引と、諜報活動に携わり、
戦後A級戦犯として、訴追された一人の男の足跡を追う話である、
まだ、70頁あたりなので、まだまだ、これから楽しめる。

おっさんの父親は、すくなくとも自分の部隊は、中国人を殺したり
中国人の財産を奪ったことなど一度もなかったと言っている。
中国人は、家の外で食事する習慣があるが、自分たちよりいいものを
食べているのを何度も見たと言う。 中国人にとって、その時代は
いつも内戦状態だったので、日本の支配地域のほうがはるかに安全だったという。
おっさんは、親の言葉を信じたい。
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by minamihorie | 2005-12-20 19:52 | 学習中文 | Comments(2)  

台湾の茶壺発見

昨日千里中華街で買ってきたおそらく中国大陸製の茶壶を使ってみた。
みつからない台湾製のは、蓋の突起にある穴を指で押さえると、お湯が注ぎ口から
出ないようになっている。おそらく完全密閉される構造になっているのだろう
しかし、新しいのは、同じようにしても、お湯がじゃじゃ漏れになる。
何回やっても結果は同じ。 これは、どうしても台湾のを探さねばと
食器棚の裏や、台所の納戸のなかを探しまくったら、
で、で、出てきた。 ちょうど死角になった、扉の影からなつかしい
姿を発見、と、ところが、蓋を開けてびっくり、なななんと、中からは
真っ黒なカビだらけになったあわれな茶葉がおぞましい姿を
現したのでした。おっさんのずぼらのせいですね。
對不起台灣茶壺さん。
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by minamihorie | 2005-12-19 20:49 | 学習中文 | Comments(0)  

买了一个茶壶

以前去台北的时,买了一个茶壶,
因为这个壶我找了半天还没找到呢
所以今天完了中文上课后,去了千里中华街买茶壶。

千里中華街は千里中央のセルシーという30年ほど前に
建てられたショッピングビルの5階に4年ほど前にオープンしました。
もともと、5階はスポーツ教室用の体育館でうちの息子も合気道を習いに
何年か通いました。
しかし、持ち主が倒産して、新たに建物を買った企業が中華街に改装したのです。
大阪人はめずらしもん好きですから、最初はにぎわっていましたが
今は、関係者には悪いですがあまりはやっているとはいえないようです。
一軒店が閉まると、一気にしらけた雰囲気が漂いますね。
前の店が撤退して、新しい店が開店して、その繰り返しです。
今日は、中国茶の新しい店が開店したと、中文同学门から聞いていたので
(この方TOEC865点) 以前台湾で買ってきた茶壶が見つからないこともあって、
冷やかし半分で、出かけました。
发现了价格也合理手的东西就买了
その店(名前忘れた)にいた、店員の女性と、いろいろ話していると
上海に2年留学していたというので、1時間ほどサービスでお茶を
飲ませてもらいながら、上海のことや、中国茶のことを話しこんでいました。
おっさんのあつかましさがi遺憾なくなく発揮された1日でした。

八尾のジェンミン君、若さいっぱいの体験してますね
でも、中国では危険もいっぱいということ忘れないでね。
おっさんのおせっかいです。
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by minamihorie | 2005-12-18 21:23 | 学習中文 | Comments(1)