毛沢東主席没後40年

昨日9月9日は、中国建国の父毛沢東主席の
40回目の命日でした。
毛沢東については様々な研究がなされ、
長年、多くの著書が発行されています。
日本との関係においては、最近の研究者の中には、
「蒋介石をたたくため毛沢東は日本と握っていた」 
と発表する人もいます。

私には真実に迫る能力はありませんが、学生時代に
「文化大革命」という現象を見たものとして、毛沢東が
日本に与えた影響というものを述べてみたいです。

毛沢東は日本の社会に災いを与えました、
それは何かというと、いわゆる毛沢東思想です
共産主義に純粋にあこがれ、理想だと感じた若者
特に高学歴の若者が、文化大革命にあこがれ、日本を
大混乱に引き込んだのです。
造反有理という言葉が大学の時計台に書かれました。
革マル(革命的マルクス主義者同盟)や社青同
(社会主義青年同盟)などの多くのセクトが発生し
ただでさえ複雑な反体制運動をますます複雑にしました。

いわゆる過激派は東大安田講堂事件や新宿騒乱事件、
成田空港反対運動、浅間山荘事件、三菱重工爆破
などで、社会不安を引き起こしました。
もちろん、行政側にも反省すべき点は多々あった
でしょうが、武力闘争に走った過激派の行動は、
社会の理解を得ることができませんでした。
結果、東京大学の入試が中止になり、多くの人が
予期せぬ人生を歩むことになりました。
たくさんの警察官や学生が死にました。
原因は毛沢東の主導した文化大革命という
暴力的政治権力奪還闘争でした。
毛沢東は自分が意識していたかどうか別にして
日本社会に非常に大きな傷跡を残したのです。
この点は中国が日本に詫びなければないことだと
おっさんは考えています。



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by minamihorie | 2016-09-10 23:20 | 学習中文 | Comments(0)  

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