南京事件 再度の私見

南京事件で中国共産党が主張するのは、300000人の
膨大な犠牲者数である。
これは、日露戦争における日本軍の戦死者の3倍にあたる。
300000という数字がどのような実態のものか、
やや細かくなるが考えてみたい。
一つは、死者をだれがどこに埋葬したのかということである、
300000人の遺体を冬とはいえ、放置していておく
わけにはいかない。   これだけの犠牲者を埋葬するのに
どれくらいの人手が必要になったのか。
資料では、赤十字の関係団体が関わったとされているが
大虐殺が発生している現場にとどまって、犠牲者を埋葬する
勇気と体力と器具を兼ね備えた人が何千人もいたのでしょうか。
その点が疑問の一つです。
仮に3け月で埋葬を終えたとして、その間、日本軍は
死臭の漂う南京城壁内で食事を作り、作戦に従事する日々を
送ったのでしょうか。 

 私の養父は工兵隊の軍曹として今の鄭州や開封あたりで
任務についていましたが私に対しての話では、日本軍は軍律が厳しく、
中国人とのトラブルは見たことがなかった。 中国人は、家の前に机を出して食事していたが、自分たちよりいいものを食べていた。 と言っていた。

また、銃弾は常に不足していて、銃弾を使うと、隊長からしかられた
とも言っていた。

恒常的に、銃弾不足の日本軍が、300000人を殺害する
動機も能力も持ち合わせていなかったと考えるのが妥当である。
一人一発の銃弾では撃ち殺せないから、100万発以上の銃弾が
必要だったことになる。
何の目的で民間人を全員殺害したのかもわからない。
戦闘後に南京の人口が増えていたという資料もあるようだ。

大量の銃弾を南京だけで使ってしまったら、後々の作戦に
支障がでて、中国兵に攻撃されたら、銃弾不足でどうにもならない。

わたしは、民間人への誤射がまったくなかったとは思わない。
相手は軍服を脱ぎ捨てて南京市内に隠れたゲリラ兵たちである。
軍服を着ていなければ、民間人か軍人か判断できない。
民間人だと油断していたら、後ろから撃たれたということはあっただろう

ベトナム戦争や、イラクでのアメリカ軍による民間人殺害は
映画 「プラトーン」 や 「アメリカンスナイパー」 にも
取り上げられている。
これも、軍服を着ていないゲリラ兵との戦闘がいかに困難かを
示したものである。
仲間を殺された時の復讐の心は、鬼である。
「やられる前にやった」 ということはあったに違いない。

日本政府も、「まったく何もなかった」 とは言っていない。
罪なく殺された人たちには、哀悼の気持ちを持ち続けなければ
ならないのは、言うまでもない。
しかし、それと、300000人を振りかざし、偽写真や
戦場を見ずに報道したイギリス人や、当時中国に大きな権益を持っていたドイツ人などの、国民党の協力者たちの話を持ち出して,日本を口汚く糾弾する事は別問題。
80年後の今、南京事件を持ち出して我が国を叩こうとする共産党の姿には
違和感しか感じない、




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by minamihorie | 2015-10-13 23:00 | 学習中文 | Comments(0)  

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