井上靖と敦煌

井上靖さんは中国を舞台にした小説で成功した作家であるが
中国に行かずに作品を作り上げた。
中国に行かなかったけれど、いや行かなかったが故に想像を膨らませて
小説を書きあげることができた。
1907年生まれの井上靖さんが中国に行けるようになったのは、
日中戦争や、国民党と共産党の内戦が終わり、さらに政治が安定した
1957年が最初で、初めて敦煌に行ったのは1978年だった。
その時井上靖さんは70歳を超えていた。
北京から空路蘭州まで行き、蘭州から18時間汽車に乗り
酒泉に到着、酒泉からはジープで敦煌までたどり着いた
途中蘭州、酒泉、安西に各一泊、車中一泊して北京を出てから
5日目に敦煌に入ったと書き残している。

今は行こうと思えば、西安で1泊して、翌日には敦煌につく。
ジープに乗らなくても敦煌にいける時代になった。
しかし、井上靖さんは、現在の敦煌にいっても、格調高い
小説は書けなかったに違いない。
井上靖さんの小説家としての成功は、敦煌へ行きたくても行けなかった
時代に巡り合ったからだと思う。

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敦煌は内部は撮影不可なので、断崖になっている壁面の写真しか撮れません

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まだ未整備の場所もたくさんあるという



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巨額の観光収入が支える敦煌の立派な施設
内部移動に使われるバスも新しいし数も多い



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by minamihorie | 2015-09-27 22:35 | 学習中文 | Comments(4)  

Commented by arip at 2015-09-29 08:56 x
蘭州から酒泉までそんなに時間がかかったかと思い自分のブログを調べたらそう言えば嘉峪関まで夜行寝台に乗ったので時間がかかった記憶がなかったです。
Commented by wenniao at 2015-09-29 12:07
そうですよね、簡単にいけなかったからその場所への想いは大きくなります。しかし井上氏、70歳でなかなかハードな旅程で行かれたのですね。敦煌は中国人の観光客も多かったですか?
Commented by minamihorie at 2015-09-29 20:32
aripさん、いい経験してらっしゃいますね。
当初のスケヂュールでは蘭州から西安までは
夜行寝台に乗る予定でした。
Commented by minamihorie at 2015-09-29 20:35
wenniaoさん、中国人観光客はすごく多いです
敦煌の空港から西安までの飛行機は満席でした。
チェックインカウンターでは、我々ツアー客の
列に若い中国人女性が平然と割り込んできたので
驚きました。

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